[記念日]『母の日』
母は大正生まれ、小町娘と呼ばれ、関東大震災、第二次世界大戦を経験
ソ連に抑留された父に代わり、私(2歳~小学4まで)と年子の兄弟を見守ってくれました。
生涯華道教授 立派な母だと思います。
東京大空襲の前 (昭和16年頃だと思う)
慌しく出征して行った父のために戦地に送った記念写真だったのでしょうか。
年子で兄が4歳、私2歳、弟1歳、母
当時のねえや(お手伝いさん)信ちゃんも一緒です。
美人で、気配り、思いやり、苦労人の母は
今時のように、政府からの援助も無く父が復員するまでの7年間3人の子供を立派に育ててくれました。
夫を戦争にとられた当時の女性は強かった!
人間はどんな時でも自立心を忘れないことを教えてくれました。
【日記の検索】『思い出の写真』
母の母も祖父を支え家業を成功させた尊敬する人でした。
長寿で100歳まで達者でした。
【花言葉】
赤のカーネーションは「母への愛」
「真実の愛」「愛情」「情熱」
白のカーネーションには「亡き母をしのぶ」という花言葉があります。
「尊敬」「純潔の愛」
母の日は
「母に感謝を捧げる精神的な行事」です」
備忘録日記 『母の日』 2010-05-09