akaibara's diary

華道教授で サッカー大好き お母さんです

2004-01-01から1年間の記事一覧

 大晦日

年越しそば 大晦日の縁起物 ●年越しそばを食べるいわれは? 1年の締めくくりに食べる年越しそば。 「人生はそばのように細く長く生きるという意味で食べる」 という説はよく聞きますがなぜそばでないとだめなのでしょう? 年越しそばの風習が広まったのは、…

大晦日

 「こつごもり」

毎月の月末を「つごもり」 12月31日の大晦日は「おおつごもり」と小説などで知っていた 12月30日は「おおつごもり」の前日なので「こつごもり」(小晦日)とは 毎日楽しみにしている読売新聞連載の(四季)で今日知った いよいよ明日一日になった毎年生け込み…

年の瀬

 お正月の生け花*

❀ 苔松、グロリオサ、白菊、小菊、金柳 ❀ 苔松、木瓜(ぼけ)白菊、小菊、金柳 ❀ 南天、苔松、白小葉ボタン、小菊、金柳 ❀ 苔松、ピンクのガーベラ、小菊、金柳、木瓜 今日29日は縁起物なので生け込みはしませんようこそ私のホームページへ!

もういくつ寝ると

哀しみは身より離れず人の世の愛あるところ添ひて潜める*

窪田空穂(歌人) 安否の分からない方々の身を案じると共に お亡くなりになった方のご冥福を祈りますまた「明日は我が身」と受け止めておきたい。

 インド洋津波

26日 インドネシア・スマトラ島沖で 巨大地震(スマトラ沖M9地震)発生 スリランカ、インド、タイなどインド洋沿岸8カ国を 最大10メートルの大津波が襲った 今日現在津波死者が2万を超えた

師走 水の壁

無事復活

(ディスクが一杯)が解決しました嬉しい! [Hatena Fotolife beta:title]から ファイル画像を削除して3000KB(約3MB)中1340KBにして アップロードに成功しましたヽ(^。^)ノ

「ディスクが一杯です」

日記の[Fotolife]からの画像の登録時 こんなコメントが出て 画像がアップロードできなくなってしまいました。「前のいらなくなった画像(なんて無い!)を削除してディスクに空きを 作り入れるように」との(はてなメール)からのお返事でした アップロード…

師走

ともかくも あなたまかせの 年の暮れ* 小林一茶

ようこそ私のホームページへ!

買物

暮れの買物 今年最後の日曜日 おせち料理 朝から普段物置代わりになってしまっていた 二階の和室(和鏡台・和箪笥設置)を整理した これで着物の着付けの準備完了 各部屋念入りに掃除 陸上・全国高校駅伝(京都西京極陸上競技場発着) 仙台育英が2年連続五…

師走 

『今年の漢字』

一文字は『災』です。 今年は天災、人災が多かった。 「災」は毎年京都清水寺に奉納される「今年の漢字」にも選ばれた(来年は良い文字に・・) 来年こそは「多くの人々が災難から逃れられますように」と 南天を教材にしました。※画像は【はてなフォトライフ…

 『正月用生け花』               

シンビジュウム

師走 恒例

デコレーションケーキ この時期待ってましたとばかりに ケーキ屋さん、デパート、急場で作られた地下街の通路に デコレーションケーキが並ぶ、和菓子党で大人ばかりの実家では「出前すし」が慣わしでした 店を閉めてからワインで寿司、懐かしい〜ここ数年恒…

クリスマスイブ

 合格祈願

周辺ご案内↓ 周辺リンク 東京ドーム 神田明神・・日本三大祭 日本サッカー協会 東京大学 鈴本演芸場 東京文化会館平成十七年三月十日オペラ鑑賞 上野公園 昨年(2003年)5月26日、多摩動物公園でアムールトラの赤ちゃん(オス)が生まれました。当時快進撃…

湯島天満宮

 学問の神様 

孫の一茂の入試合格祈願をしに湯島天神へ行って来ました。 今日は丁度東大のお仕事があり徒歩8分で風もなく 穏やかな天気で絶好のお参り日和でした 菅原道真公私の年齢で湯島と聞くと泉鏡花の「婦系図」の舞台 新派の「湯島の白梅」お蔦・力を思い出します、…

湯島天満宮

冬至冬中冬始め*

この日について様々な言い伝えや風習が残されています。 「冬至に天気が良ければ翌年は豊作」 「冬至に雷が鳴れば雨が多い」 「冬至に南風がふけば地震・日照り・大雨」 「冬至に雪が降れば豊作」という伝えがあります。 この日はカボチャやコンニャクを食べ…

 冬至・ゆず湯

冬至とは 冬至はこの日を頂点として日増しに日が延てきます。 冬至の日には昔から迎える冬に備えて風邪の予防に「柚湯」に浸かりました。 冬至の日は太陽の高度が最低となって、一年で最も昼の時間が短い日になります。

師走 

 おでん

今日はおでん日和 おでん屋さんの売れ筋№1は大根だそうです 我が家でも家族全員大根好き親戚から大根を沢山貰ったので 安心(^^)/~~~ようこそ私のホームページへ!

師走 寒い 

 喜久子姫

明治生まれの両親は「高松宮妃喜久子様」を こうお呼びしてました、 江戸幕府最後の十五代将軍・慶喜の七男 徳川慶久公爵の次女で世が世ならお姫様だったから そう呼ばれていた・・あとで98年に 大正から昭和、平成3代の思い出をつづった 「菊と葵のものが…